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長澤知之 kumonoito 東京公演

 

久しく、天才だなと思うアーティストに会えませんでした。

14年前の私は14歳で山崎まさよしにはまりました。

そのあと、いろんなアーティストを経由していますが、

全員が、生き残っています。

そういうこともありますし、

元から高音が人並み外れた聴力のため

自分の持っている耳に絶対的な自信を持っています。

 

今から4年前、私はあるアーティストに出会います

長澤知之

 

山崎まさよしと同じオーガスタでありながら、

彼は秦君の陰に隠れてしまい、その特殊な世界や声もあったでしょう。

秦君と比べた時に、彼はどうしても後ろに位置してしまいます。

 

ある日、REDという曲を聴いたのです。

その曲は、表すのならば混沌という言葉がよく似合うような曲でした。

彼の声はアシッドボイスといわれています。

 

最初に聞いた時、とても苦手な声だったんです。でも、もう一度聞きたくなる。

それを繰り返していたら、いつか彼に魅了されている私がいました。

 

インタビューや詩の世界から伝わってくる彼の世界は

非常に混とんとしているようで鋭いガラスのようで、

優しさにあふれていてそれでいて、まっすぐな世界。

 

紡ぐ文字、安定しない、それでいて優しく強い声、私は完全にその魅了されました。

 

去年、GIFTというアルバムのイベントで

彼の生歌を聞いた時に、本当に胸を持っていかれました。

そのふり幅は素晴らしいものでした。

 

そして、Kumo no Itoツアーも参加してきました 東京

 

長澤知之の最大の魅力は何かといわれたら

魔力じみた深淵の見えないところと 慈愛に満ちた歌声の両立なのです。

 

マンドレイクをもじった可能性のあるマンドラゴという曲

ギターが見事に、まるで空間をゆがめるような音を奏でていました。

ギターが壊れても、マイクから離れて生でかきむしるようにはじくギター

声にすべてを込めたいようなように、ギターから手をはなして

ハンドマイクで歌うこともありました。

彼自身が飛びながら歌う弾く局面もありました。

 

そんなむき出しなアーティスト見たことないし聞いたこともない。

それが長澤知之なんです。

 

長澤知之ピカソや、晩年のモネを思い起こさせます。

ピカソはずっと書き方をかえていくタイプでした

 

若いころのモネの要素=美しさも彼にはあるのですが

晩年のモネ、眼が見えなくなり執念で絵をかいていました

その執念。その両方も感じるんです。私は。

 

ほんとうに素晴らしい時間だった