鬼滅の刃

突然ですが、私は大のジャンプ好きです。

えぇ、女性28歳なのにジャンプ買ってます。毎週。

 

ジャンプ一筋10数年の人生を歩んでいます。

私の家は厳しくて、その隙間を縫うように漫画を読んでいたのがジャンプでした。

ずっとずっと大好きです。

 

大好きな作品、封神演義なんですけれども。

私、ここ数年のジャンプに少し「ん~、どうしたのかな?」って思う事がありました。

これから大丈夫かと。

 

私、でも、その中でもある日、とっても素敵な先生を見つけてしまったんです。

 

その先生はとっても優しい言葉の使い手でした。

世界観が優しすぎて、読み切りなのに、心をわしづかみにされました。

 

それが今、話題沸騰中の吾峠呼世晴せんせいでした。

 

その連載、肋骨さんのとき、先生の絵は上手いといえるものではなかったです

 

けれども何よりも何よりも

その空気、言葉、世界、全てに優しさや悲しさ、切なさ、希望、慈悲、

色んな良くも悪くもジャンプらしくない面が入っていました。

 

その時の言葉で忘れられない言葉があって

自分くらいは自分を大事にしてやりなさい。

そんな言葉だったんだと思います。

自分を大事にできない主人公(命も惜しくないとばかりに戦ってきた)

 

ヒロインが救われた後に、彼の境遇など知らずかけるこの言葉。

どっちが救ったのかわからなくもなります笑

 

でも、それで、主人公救われたというか終わりが爽やかな梅雨の晴れ間のような。

そんなことを思たのを覚えています。

 

今でも肋骨さん 心に残っています。

 

そして、今、呼峠先生、大活躍なさってて。

とても嬉しい限りです。

今でも、やはり先生の言葉は優しくて、慈悲深くて

ジャンプらしくなくて。笑

でも、そんな先生の作品がやっぱり大好きな私です。

 

どうか 2人の未来に希望が差し込みますように

私は炭治郎のパパの「約束だよ」あの一言気になる。

火の呼吸はもしかしたら、一子相伝とか、

鬼に対抗できる血を持つとかそういうものなのかもね。

 

そして、煉獄の兄貴。大好きでした。

先生のこれからのご多幸と、ご活躍を祈願しています。

 

がんばれ

 

私は仕事が終わると、あるところに行くことにしています。

 

何処かは秘密ですけれど。

頑張れました、ありがとうございます。

また頑張りますので、見守ってくださいますようお願いいたしますと。

 

神様に祈ってるのではなく

自分への戒めとして、誓いとして言っているような気がします。

 

頑張るのは案外 難しいものですが

誰かに嘘をつきたくない時。頑張るのは簡単なんです。

 

どういう仕事をしたいか。

私は誠意ある仕事をしたいと考えています。

それが、見守っていてくださいねって誓いに 近いのだと思います

 

縋るのではなく、誓うように、きちんと向き合えるようにと思います。

 

冗談じゃない

リーガルハイ 第9話 冗談じゃない

私にとってこのセリフは支えです。

 

私は小麦アナフィラキシーの寸前と診断されています。

特異型であるがゆえに、それは理解されにくいです。

血液検査で出ない、発作を起こすまでアレルギー反応は起こさない。

そして、微々たる量であるならば、全く問題にならない。

小麦をメインにしたものは食べられなくなりました。問題はないですけれど。

洋食も、和食も鍋の締めのあとに出た小麦のエキスも怖くて汁は口にできない。

ご飯を食べれば1時間はお風呂や激しい運動は厳禁。

もし、発作を起こしたら、命をつなぐ薬を打たなければ、命を落とす。

それが小麦特異型 アナフィラキシーです。

 

全てのアナフィラキシーで言えることですが、

「起こしたら、いつ命を落としてもおかしくない」ということです。

 

ある日、らいぶの帰りに電話で待ち合わせをしていたら

「今、ラーメン屋の前通過した」と何気なく言ったら

「ラーメンでもいいですね~、メキシコ料理屋の前にいますよ」といわれた。

 

私にとって、今、最も安全に食べられるのは和食とフォーなどの米粉のみである。

彼女はそれを知っている。それを言われたのは予想外だった。

 

その日、私は「健忘性乖離」を別の人に嘲笑われた。

健忘性乖離は、簡単に起こすものじゃない。

「いいねw」

人格崩壊を防ぐほどの悲しみ触れたとき、人は記憶を一時的に消す。

それはいつか、あく。でも、それは大丈夫になったとき、意識もせずにいきなり。

本人が操作できない、全くと言っていいほど。

 

 

健忘性乖離を起こし、命に関わることを冗談でもいわれ

精神的にぼろぼろで 

たぶん生まれて初めてしゃがみこんで泣き崩れた。

 

人は二回死ぬというけれど、

私はそうとは思わない。

 

人は何度でも死ぬの。それをぎりぎりで防いでいるだけ。

精神的に、肉体的に、そして記憶から消え去り。

 

長澤知之 kumonoito 東京公演

 

久しく、天才だなと思うアーティストに会えませんでした。

14年前の私は14歳で山崎まさよしにはまりました。

そのあと、いろんなアーティストを経由していますが、

全員が、生き残っています。

そういうこともありますし、

元から高音が人並み外れた聴力のため

自分の持っている耳に絶対的な自信を持っています。

 

今から4年前、私はあるアーティストに出会います

長澤知之

 

山崎まさよしと同じオーガスタでありながら、

彼は秦君の陰に隠れてしまい、その特殊な世界や声もあったでしょう。

秦君と比べた時に、彼はどうしても後ろに位置してしまいます。

 

ある日、REDという曲を聴いたのです。

その曲は、表すのならば混沌という言葉がよく似合うような曲でした。

彼の声はアシッドボイスといわれています。

 

最初に聞いた時、とても苦手な声だったんです。でも、もう一度聞きたくなる。

それを繰り返していたら、いつか彼に魅了されている私がいました。

 

インタビューや詩の世界から伝わってくる彼の世界は

非常に混とんとしているようで鋭いガラスのようで、

優しさにあふれていてそれでいて、まっすぐな世界。

 

紡ぐ文字、安定しない、それでいて優しく強い声、私は完全にその魅了されました。

 

去年、GIFTというアルバムのイベントで

彼の生歌を聞いた時に、本当に胸を持っていかれました。

そのふり幅は素晴らしいものでした。

 

そして、Kumo no Itoツアーも参加してきました 東京

 

長澤知之の最大の魅力は何かといわれたら

魔力じみた深淵の見えないところと 慈愛に満ちた歌声の両立なのです。

 

マンドレイクをもじった可能性のあるマンドラゴという曲

ギターが見事に、まるで空間をゆがめるような音を奏でていました。

ギターが壊れても、マイクから離れて生でかきむしるようにはじくギター

声にすべてを込めたいようなように、ギターから手をはなして

ハンドマイクで歌うこともありました。

彼自身が飛びながら歌う弾く局面もありました。

 

そんなむき出しなアーティスト見たことないし聞いたこともない。

それが長澤知之なんです。

 

長澤知之ピカソや、晩年のモネを思い起こさせます。

ピカソはずっと書き方をかえていくタイプでした

 

若いころのモネの要素=美しさも彼にはあるのですが

晩年のモネ、眼が見えなくなり執念で絵をかいていました

その執念。その両方も感じるんです。私は。

 

ほんとうに素晴らしい時間だった

 

 

 

 

 

 

不思議な一致

私は、教科書に名前が出てくるある人の血を継いでいます。

といってもいわゆる分家なんですけど。

 

最近、そんな話を聞いて

最近、父が不在の時に、我が家が代々、どの宗教なのか聞きました

 

そのくらいの頃から、弟が結婚したこともあり

自分というものが何者なのか、どういう歴史の中で生きてきたのか知りたくなりました

 

私は兄弟の中でたった一人だけ、東京で生まれています。

そして一時期、祖父母のところにいたり、

東京と埼玉と千葉を起点に生活していました。

 

産土神社というのを知っていますでしょうか。

生まれたところで決まるそうですが、

何が起きても愛してくれる神様がいる神社だそうです。

 

私は それを知ったのは数日前なのですが

大学は産土神社から最も近い1キロ以内の大学に通っていました。

そしてごく短期間ですが4歳くらいの時に住んでもいました。

 

私は 大学は自分で選んで受けました。

「ここに入るね」って言って入りました。

「ここ嫌」って言って意図して落ちた大学がありました。

 

受かった大学だけは「ココ好きだと思う」といって

受けに入ったのを今でも覚えています。

 

そしてもう一つ、その神社はある祭りが有名で

それが私がたった一人で神社に行くようになったきっかけなんです。

 

 

上手く言葉にできないのだけれど、

3つの事象が重なるということは私はないと思っています。

 

とどめにもう一つ、「来い」といわんばかりに

そのお祭りがもう少しで。

 

人生って不思議なものですね

 

 

 

 

医療費控除とスティーブンジョンソン症候群救済法の関連性

医療費控除が改正になりました。

私は、これを完全な改悪としてみています。

 

それが何故か。

1、売薬というものに頼り切った場合、病院に行く際の医療費は莫大に跳ね上がる状態になってからということが予想できること。

2、アレルギー薬は特に、なんのアレルギーかもわからないで飲むことのリスク

3、アレルギー薬をはじめ最後に認可された第一類の薬品は非常に高価であること

4、SJSというアレルギーの中でも後遺症が残ったり命に関わる病気を圧倒的に発症している原因が売薬であること(これに対応できる医療体制の病院は多くない)

5、SJSは救済法があるもののそれは処方薬のみと記載されている事実

6、そもそも、医療費控除の対象になるには「治療目的」でなければならない

7、医療費控除に関して本当に申請できるのは限られた人間だけであるという点

 

私は父親、弟がロキソニンでSJSにかかっています。

また、父の友人もかかったようです。父と弟は間一髪で逃れ、父の友人は一週間入院しました。このSJSはスティーブンジョンソン症候群と言い、自己免疫疾患です。

薬を飲むことである日いきなり、飲んだことが原因で非常に強いアレルギー反応、アナフィラキシーショックよりも強いかもしれません、そういう状態に陥ります。

48時間以内に処置が行われなければ、命の保証が難しくなり、

加えて皮ふがただれたり、視力を失うという後遺症の事例も多数報告されています。

 

数年前までは20万人に一人とされました。

しかし、上述した通り、私の周りだけで3人が発症しています。

もはや確率が跳ね上がっていることは確実に見えることだと思います。

 

それに加えて、去年の暮でしょうか、新聞の広告に

SJSの救済法案が可決されたというのを見ました。

けれどそこには「処方薬に限る」といった記載があるのを私は忘れていません。

つまり、売薬でSJSになった場合に関して救済はないということです。

 

そもそもSJSという観点を見ただけでも

売薬で済ますというのは危ないんですよ。

プロのFPでも、推進してる人いますけど、

おそらくこのこと知らないで言ってる人いますよね。

 

加えて言わさせていただきますが、

医療費控除は世帯ごとで行うのが常ですが、それを行える人がどれだけいるかって話です。税金の類は、書類が違うだけでおっそろしく変わってきます。

確かにネットで練習もできますけど、どれだけの人がもれなくミスなく1年分のレシートを残すことができ、それを治療薬として税務署側が認めるかということも恐らく問題になってきます。

 

あくまで医療費控除の範囲になるのは

「治療目的」であって緩和目的とはどこにも書いてませんからね。

 

それでも、あなたは売薬で辛い症状を我慢し続けますか??

 

 

memory

 

私はカウンセリングを20歳のころから受けています。

必要だったから。今でも必要なんだけれど。

 

私はここにくるまえ、長らく別のところで書いていました。

それこそ10年くらいでしょうか。

 

けれど、あることが引き金となって、しつこいしつこい粘着に合いました。

私は、自分の中にいる「黒い感情」が好きではありません。

 

人間だから持っていても仕方のないことですけれど。

 

ただ、仕事で多忙を極め、勉強をしながら、家事をして、家の中ももめ

そんな生活の中で、私の心が真っ黒に染まりあがっていくのを感じました。

 

私は、そんな自分とずっと何とか回避していました。

けれど、書くことを生業としながら、書くことは吐き出すことに似ていて、

離れることができないのです。

 

それを侵害される怖さ、そして、関わっていた人たちへの損害リスク

 

そんなものを私は背負いきれることはありませんでした。

 

そこにあったのはだいじな宝物です。けれど、今の私は、それを守るよりも

私の心を守ることを選びました、弱いですから。

 

でも、今の私が元気でいないと未来は切り開けません。

 

本当は嫌だったし、本当は悲しかったし、本当は鉈をふるってあげたかった

 

でも、私は同じようにつるし上げてプライバシー暴いて、そんな行動はしないよ。

 

だって、それやったらおなじになっちゃうからね。