私が底から出ていく理由

私は、ある方のファンを11年ほど続けてきたけど

たぶん、今年でそれを大幅に縮小しようと思ってる

 

彼の存在はとても大きくて、病に伏したときに大きな力になってくれたりと

大きな生きる理由でいてくれた

 

なぜ、それでも抜けると決めたのか

 

単純にいうと好きが薄れてしまったということと

そこにいることが嫌な気持ちが大きくなってしまったからで

 

10年という時間の中で それは少しずつ薄れていって

それと同時に、自分にとっておおきな違う感動を見つけたとき、それのスイッチは入る

 

加えて、そこいいるのが嫌になったというのが大きい

私が まだ古参ではなく新人といわれたとき

 

そこは非常に綺麗な空気だった。

年々、それが純度を失っていくこと感じていて

それに少し嫌な感情を持っていたけど

SNSで、矢面に立たされることが起きて、それが明確になった

 

私は知らない でも、向こうは知ってる

そんなのプライバシー侵害だし、失礼極まりない。

 

彼のファンなのに よくそんなことできるなって思うことが多々増えた。

美しく生きたいと願う人に、罵詈雑言を浴びせられるとは思ってもいなかった

 

 

それと同時期に、民度の急激な低下を目にすることが増えた。

これが私にとっての大きな打撃となって、あぁ、無理だなって

自分が住むところじゃないと、距離を置くようになった

 

自浄作用が無いところに住んでいても仕方ないし

マークされてしまった私は、そこに住むメリットもないし、

変えていくこともできない。

 

生きづらくて居づらくて

だったら、いっそ距離を置いてしまおうと思っていた矢先に

 

新しい才能を見つけた

正確には もっと昔から ずっと活躍してる人だけど

それを見つけてしまったし、聴けるようになった。

 

趣味は楽しくありたいと思ってる

なんのための趣味だよと思う。

 

働くのなら多少嫌なことがあってもいいと思うけど

プライベートの最たる時間に楽しくなくてどうする。

 

今の私の魂が心躍る方に行こうと思う

 

 

 

 

 

 

 

 

10年周期

結構、たくさんの音楽を聴いて生きてきた。

面白いもので、10年でいろんなものの節目が来ることが多い。

FCを継続しようか悩んだり、

興味が薄れたり、はたまた新しいものを見つけてしまったり。

10年というのは、そういう時間なんだと思う。

 

その10年のジンクスがまた当たってしまったみたい。

今年に入ってから、とっても音楽の変化が忙しくて。

 

元から山崎まさよしが好きだったり、ジャンヌダルクが好きだったり

ギターの音楽がとても好きなところがあって

特に作りこまれてたり、引かれた音だったり、

音の編成とか、日本語の歌詞にこだわるとこがあって。

 

そういう意味では、いつどこに落ちてもおかしくなくて

長く続いてたり、音楽的に面白いものが好きだったりする。

 

今年の頭に、ラルク好きだなーって思って、しばらく楽しんでたんだけど、

そこと並行して、最近は清春がとても好きです。

90年代に戻っていくというね。

友達が落ちかけたって話を聴いて、昔、知り合いが好きだったなぁみたいな。

たまたま聞いたら今の自分に合うみたいな。

 

黒夢sads時代よりも、今の清春のが好きみたいなパターンだった。

自分がどうすればかっこいいか、とか、

魅せるという意味合いでも見せ方が分かってるなと思う。

もちろん、声も歌い方も素敵だし、詩も素敵だし。

いろいろ言い始めたらきりがないね。彼に関しては。

 

hydeのが大衆的な所が強くて。彼の後継者っていまだに出てないし、ラルクみたいなバンドも多分、この先も出てこないなって私はどこかで理解していて、ある種の才能の爆発とか花火の様な美しさをラルクに私は見ている。hydeの詩とか歌に、ある意味、絵画のようなものを、私は感じ取るんだけど。

 

清春は、多分なんだけど、彼の絶頂といわれたときに彼についていける人がいなくて、後続の人たちがそれを、上手い事、形にして世界に出て行ったという感じがする。ある種の孤独というか、前衛的な嗅覚がなせる技なのか。才能の鋭さを感じる。それは今も昔も変わってないのかもしれない。彼も、芸術家なんだけど、前衛的なんだろうなって思う。あと、歌の中で演じてるイメージが強く浮かぶ。それはインタビューでも言ってるけど、ほんとに演者というか、そっちに近いのかもしれない。

 

 

 

スイッチって恐ろしくて、徐々に愛が冷めていくのは本当に悲しい側面もある。

あれだけ燃えていたものが冷めていくのは芸術的なまでに急速で美しく残酷で。

自分でもそれに気温を感じるというか、自分のなかにそういうものを感じるというか。

そこにいたときできた友達と温度差を強く感じるというか、ごめんねって思いながら、でも、今の自分が大事に思いたい人に思う気持ちを嘘をつきたくないし、冷めていく熱に嘘をつきたくない気持ちがある。

 

何かを愛することは、何かを失うことだなとつくづく思う、この上半期

 

死に向かっていく

私は人生のテーマは死んでいくことと還元していくことだと思ってる

 

名にも残さずに死んでいくなんてダサいじゃない。

些細なことでも残して伝えていければいつ死んでもいいなと思ってる。

 

私の人生はあまり後悔が無い、ないといった方がいい

 

何が起きても すべては私の肥やしだと思ってる。

 

今は、ライターはほぼ休んで講師の仕事に専念してるけど、

今の自分に満足していないので、動いている、実は。

 

もっともっとって思ってる。

貪欲になってる。

 

私はきっと長いこと、自分は何もできないと思っていて

そのまま生きていくのが幸せだと思ってたんだけど

 

大学生の頃、秘書してたり自分の適性を見つけ始めた

今年、また適性を見つけ出して。

 

私、できるじゃんって自信がついた。

 

自分がどれだけ生きるかわかんないけど

死ぬまでに、何かを誰かの心に残せたらと思ってる。

 

めんどくさい国になってきてるからこそ、

私くらいは、明るく生きていたい。

 

世知辛い世の中で、ずっと笑顔でいたいし、

パワーある人だねってずっと言われ続けたい

 

鳥かごの中にいた私は、もう終わり。

飛び立つとき、違う、もう飛んでるのきっと。

 

きっとできるわ

 

 

 

 

毒親

私の親は毒親である

 

親の厳しさのあまり 心を壊し

寝込んでた時代もある。

その手のプロに見てもらってた時もある。

最近、再開しようかなと思ってるくらいである

 

私はライターの仕事の傍ら、教える仕事をしている夜に

それで、帰宅時間が予定を1時間超えると、教室や私に電話がかかる

 

通勤時間わずか10分でもである

私はアラサーだけど。である。

年齢的に、そんなことが起きてもおかしくない。

それでもである。

 

毒親というのは便利である、

心配という感情をぶつける、それで子供の社会性を壊しに来る

それでいて子どもに 社会性が無いという非難を加える

 

子どもから社会性を奪っているのはどっちか。

 

しんどくてしかたない。

 

適職で正直、転職することも考えているくらいで

良い環境で働かさせてもらってるのに、それでも納得しない。

 

外に出ればお嬢さんといわれる振る舞いができているらしい

それでも、このざまである、こころがしんどい

 

私が愛したことが全てなしにされる

誰の為に生きてるのか、玉にわからなくなる。

 

そのくらいしんどい。

最近おかげで、しんどい。

 

しばらく 精神的に落ち着いてたのに

心療内科のドクターに また父親が暴れ出したねと言われた

私も久しぶりに 昔の先生にかかろうかと思っている

 

あまりにしんどいから

 

 

 

埋もれる才能

人間というのは、きわめて身勝手だ。

 

自分の世界で生きてるから自分の理解できないことは変だという

それがとんでもない勘違いだとも知らず、恐れず

 

私には高校生の時教師から 絶対音感?と勘違いされた音感がある。

先生、最初の音はこれ?と、発声して確認した時のことである。

絶対音感ではない、強い相対音感があるようだった。

目に関してはずっと記憶能力があるのを自覚していたが。

耳も思い起こせばあった。

 

あの人と別れてから、私は歌うようになった。たくさんたくさん

 

最初は何で歌うのかわからないけど、歌いたくなった とにかく歌うことに飢えてた

 

あの人は、昔、私の歌の好みを否定した。

私は、音楽の幅が広い。

アイドルも聞くし、ロックも聞く、それこそ中島みゆきも聴く

それのうち、ロックに関して否定された。のを強く記憶している。

 

元から、音楽の趣味が変わってるのもあるのかもしれない

皆と違う音楽を愛している自分を貫くことができなかった。

 

今は、その枷が外れた。

それからというもの、自分の耳の良さに気づいた。

 

聴いてる曲であれば、90前後で推移するのが当然になった。

難しいとされる 瞳の住人安定して87でる。そのうち90も取れるだろう。

 

元から歌詞に感情移入するから、表現力とかそういうのも問題ないらしい。

何を目指してるとかじゃなくて

10年近く歌えなかったことを取り返そうとしてるんだと思う。

 

私は歌うことが好きという感情とか、記憶とか、悔しさとか、悲しさを歌うことでながしてるんだとおもう。

 

だって、悔しいじゃない

ホントは下手じゃないのに、下手だと思い込んで思われて

ほんとは全然そうじゃないって。

 

私の心の傷を洗い流せるのは私だけ。

誰かにもできるかもしれないけど、きっと、今は私だけ

 

人は愚かだ

自分の常識外を 異常と決めつけて傷つける

それが何年のきずになるのかもしれず。

 

私も、誰かを傷つけないようにしよう

 

 

 

 

 

 

 

 

匿名は盾なのか

ツイッターで、peingという質問箱がある

誰でも質問できるというものだ

 

私は、ある界隈で物議をかもしたことがある。

問題提起をしただけの、ただのモラル論議という話だ

 

その時、めちゃくちゃに陰でたたかれたというか。

揚げ足を取られまくった。

 

そこから抜ける気はないけれど、今となっては民度の底の浅さが知れたことだったし

自分でも極めて落胆したのを覚えている

そんな中、あーたぶん、アンチみたいなのはいるだろうなって思ってる私がいて。

他のことも含めて。

 

ためしに初めて見た、Peing

その存在を洗い出すために。

 

アンチが沸いてくれて思惑通りだった。

性格が悪いとか

さげてあげてさげる文脈とか

質問が文脈がおかしいから、確認したらキレられたとか。

 

とりあえず、全部、論破無双してきた。

アンチを洗い出すことができたのと、文に入ってる情報から絞ることもできる。

潜在的な不満も出させることができて楽しかった。

 

ただ Peingを閉じて思ったのは、匿名だからって何でも投げていいのか

 

匿名だから何でも投げていいと思ってる人たちは

匿名に守られてるとおもっているんだろうなと

 

匿名ってそんなに偉いことなんだろうか

守られるべきことなんだろうか

そもそも、守られているか?権力があるのか?

というか、本当に匿名なのかという疑問が頭をよぎった

 

 

私の答えはNo

だって、匿名を振りかざして逮捕されている人の多さ

年々、増えているんではないだろうか

 

訴えられたら、直ぐに逮捕されるかもしれない、警告されるかもしれない

そういうリスクを考えているのだろうか

多分、考えてないよね。

匿名といううそっぱちの権力に胡坐をかいてる

 

私のことが怖いのだろう、Peingを閉じてから

本人から、意見は出てこなかった。

 

所詮は対岸の火事、いい機会だから言ってやろうって感じだったんだろう

でも、

匿名という条件が無ければ、何もできないんだなって

 

愚かだねって思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#me tooタグの恐ろしさ

SNSで、#me tooというタグが流行っているらしい。

私も、その当事者である。

 

でも、私は、そんなことで騒ぐことにはあまり意味がないと思っている。

私は、特殊な職業の方の専属秘書として働いていた。

その方は、本当に仕事が出来すぎて意味が分からないといった感じです。

私がそこにいられた理由も正直分からないのですが。

 

まぁ、そういう人だったわけで、お忙しいのもあったり、女の子が好きな方でした。

要するに普通にセクハラはありました。でも、私はそれを黙殺しました。

ある自分の中で線引きをひいて、それを越さない限りは。

ある組織の中にいて、私は流そうと思えば、それを流すことも証拠も押さえていました

 

でも、私はそれをしませんでした。意味が全くないから。

それよりも1分1秒と技術を盗みたかったから。

 

#me tooタグで思うのは、

私は生きていれば誰しもがそういう目に遭うと思っています。

痴漢だったら捕まえればいいです。

捕まえる前に、呼びかけるって手もあります。

私は、実際に通算10名強捕まえて、2名は呼びかけで辞めさせました。

そこで警察に電話するのも手としてありでしょう。

 

よほどひどければ、セクハラやモラハラそういうものは噂で出回ります。

訴えればいいのです、結託して。

そんな人のところに近寄らなければいいのです。

まぁ、多少のことは笑って許して生きた方が楽です、多少のことは。

 

私の場合はそうやって生きてきました。

 

私も同じような目に遭ってきた

そんなことは誰だって言えます。

 

何も覚悟もせず、何かを罵倒するのなら、

極端な議論ですが歩いててさされても文句は言えません。

 

声を上げるなとは言いません、

でも、声を上げるなら、結託して悪を退治すればいい。

結託してでも、嫌な目に遭っても戦う覚悟があるのか

その覚悟があるのかという話です。

 

私も、嫌な目に遭った

マジひどいね、

そんなやりとり、いい大人がしてどうするんですか。

 

嫌な目に遭ったら、許せないなら、証拠を残せばいいと思うし

そうやって、戦う覚悟もなく 罵詈雑言を並べるのは アホのやることでしょう笑

流行りに乗って、あいつムカつく とか大人のやることではないでしょう