#me tooタグの恐ろしさ

SNSで、#me tooというタグが流行っているらしい。

私も、その当事者である。

 

でも、私は、そんなことで騒ぐことにはあまり意味がないと思っている。

私は、特殊な職業の方の専属秘書として働いていた。

その方は、本当に仕事が出来すぎて意味が分からないといった感じです。

私がそこにいられた理由も正直分からないのですが。

 

まぁ、そういう人だったわけで、お忙しいのもあったり、女の子が好きな方でした。

要するに普通にセクハラはありました。でも、私はそれを黙殺しました。

ある自分の中で線引きをひいて、それを越さない限りは。

ある組織の中にいて、私は流そうと思えば、それを流すことも証拠も押さえていました

 

でも、私はそれをしませんでした。意味が全くないから。

それよりも1分1秒と技術を盗みたかったから。

 

#me tooタグで思うのは、

私は生きていれば誰しもがそういう目に遭うと思っています。

痴漢だったら捕まえればいいです。

捕まえる前に、呼びかけるって手もあります。

私は、実際に通算10名強捕まえて、2名は呼びかけで辞めさせました。

そこで警察に電話するのも手としてありでしょう。

 

よほどひどければ、セクハラやモラハラそういうものは噂で出回ります。

訴えればいいのです、結託して。

そんな人のところに近寄らなければいいのです。

まぁ、多少のことは笑って許して生きた方が楽です、多少のことは。

 

私の場合はそうやって生きてきました。

 

私も同じような目に遭ってきた

そんなことは誰だって言えます。

 

何も覚悟もせず、何かを罵倒するのなら、

極端な議論ですが歩いててさされても文句は言えません。

 

声を上げるなとは言いません、

でも、声を上げるなら、結託して悪を退治すればいい。

結託してでも、嫌な目に遭っても戦う覚悟があるのか

その覚悟があるのかという話です。

 

私も、嫌な目に遭った

マジひどいね、

そんなやりとり、いい大人がしてどうするんですか。

 

嫌な目に遭ったら、許せないなら、証拠を残せばいいと思うし

そうやって、戦う覚悟もなく 罵詈雑言を並べるのは アホのやることでしょう笑

流行りに乗って、あいつムカつく とか大人のやることではないでしょう

 

明日の約束が私に遺したもの

明日の約束、フジテレビでここ数年でもっとも優秀な作品といってもいいのではないだろうか。

 

リーガルハイは、面白おかしく切り込んでいった

その反面 明日の約束は 真正面から立ち向かっていった作品だと思う

真正面かつ丁寧に、

毒親、いじめ、学校、マスコミ、SNS、教員、裁判

色々な論点で丁寧に描かれた作品だったように思います。

 

世界一不可解な死を追う話でしたけど、

私は、このドラマの中に、沢山の私を見つけました

 

いじめにあったことも

親が毒だったことも、助けてくれなかった教師

親に見てほしい自分、がんじがらめにされて苦しい自分、

復讐するかしないかの瀬戸際にいた時分

死のうと思ったことも、腕にかすかに残る傷跡も

救急車に乗ったことも

親に、謝ってほしいと怒鳴り散らした自分も

大事なものを奪われた自分も

 

 

世の中に生きていく誰もが、闇というものを持っていて。

それは当たり前のことなんですが

 

闇というもんに直面した時、

どうやって生き抜くか、逃げ延びるかということはとても大事なんです。

そして、その時から前に進むということも大事なんです。

「前に進む」と書くと、ポジティブすぎるかもしれません

普通の方が思う、「前に進む」ってすごく力強いから

でも、ほんとは、そんなことなくて

「乗り越える」「糧にする」

という意味なんです。

 

私は、たまにその過去に捉われて生きる人を見ます。

でも、過去は今を作ってくれているということを決して忘れないでほしい

今も、当時と同じように苦しいでしょうか。

そういうことです。

もしかしたら苦しいかもしれませんが、同じ苦しさでしょうか。

それは100%でしょうか

 

生きていれば、苦しいことが起きるのは当然です

庶民には庶民の、エリートの、そして子供には子供の苦しみが。

でも、成長すれば、生きてさえいれば

何か変わるかもしれないんですね。

 

呼吸をしている間に、少し何かが世界では動きます。

でも、私が死んでも世界の動きは変わりません

 

世界は私たちの為に変わってくれません

では、どうすればいいのか 生きていくしかない

それが どんなに失うばかりの生き方や人生であっても生きていくしかないんです

 

生きていく中で、変わっていくことはある

もしかしたら5年したら、家族がいるかもしれない

もしかしたら1年後に、素晴らしい出会いがあるかもしれない

もしかしたら明日、ご飯がおいしいかもしれない

 

だってその逆に 明日、望むことなく命を落とす人もいる

後悔して生きていく人も多いけれど

後悔して死んでいく人だって多いんですから

 

ならば 後悔して生きて、その日が来るまで死んでいけばいい。

時に生き抜くのが辛くなれば

だまして生きていけばいいと思います

人をだますのは良くないことです

でも、生き抜くために

自分をいい意味でだますということはだいじだと思う

 

そして、逃げることも

逃げなければやっていけない場面も沢山あるし

いい意味で逃げる 生きるための逃げは必要。

 

 

そうやって、前に進んでいきながら 生きながらえて

生きていって、その時が来るまで生きればいいのだと思います。

 

今の世は、人の死に対してあまりに軽薄です

このドラマは それに対して 警鐘を鳴らしていると思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こたえ

私は元来、自分に自信がある方だ

 

生まれもそれなりに良い

まぁ、容姿にコンプレックスはあるけれど、そんなものはどうとでもなる

自分が人一倍、努力家なのも頑張り屋さんなのも分かってる

努力ができることも。

仕事で大きな実績を出してきた。

 

でも彼を失って、仕事を失って

自分の中が 音を立ててガラガラと音を立てて

何かが崩れたのが分かった

 

自分が 何を見ればいいのか

自分は 何をやればいいのか

自分は誰なのか、

まさにゲシュタルト崩壊だった

 

自分の全てを奪われてしまったから

そんな気持ちだ。

 

昨日、ある神社に伺った

もう1年以上、お世話になっている、違う、生まれた時から。

そこに行くとき、私は何かが動く48時間以内に

 

 

偶然かもしれない

でも、それが何回も続くと、それは偶然ではない、そのレベル

何も望まない

 

でも、守ってもらってるのは分かってる

だから、いつも、ありがとう、今年もありがとうと

沢山沢山お世話になりましたって言いにいった、寒い日だった

その日、私は体を冷やして家で寝込んだ

 

休めってサインだった

そうだったのは確かだと思う

でも、ほかにも沢山あったみたい今回は

 

私の中で、大きな答えが2つも出た

 

これがどんな、答えになるのかわからない

でも、私は 大丈夫

 

 

頑張ったあたしという人格と一緒に生きていく

その子のことは、大事にして生きていく

でも、もう頑張らなくていいのっていってあげる、頑張ったねって。

もう、もう頑張らなくていいよって

あとは私に任せてって。

 

愛されるのに努力やきっかけ作りは必要

でも、愛されるのに、無理は要らない。

人生は、方向を変えれば、それでいいのって

嫌って程 分かった

 

 

 

 

 

あいしてない

女という生き物は厄介でめんどくさい。

 

忘れたふりをして、いつかその感情を思い出す

女々しいというのは、男子を指す言葉だそうだ

でも、やっぱり女性だって、失恋すれば痛いものだ

 

それがどんな別れだろうと

どんな人であろうと

 

最近気づいたら ガタガタでぐらぐらで

表面張力でギリギリを保ってる水のようだった

 

余りに辛くて、

ずっと気づいたら、Acid Black Cherryを聴いていた

あまり普段は聴かないようにしてる、彼のことは大好きだけど、

yasuの作る世界観が好きだけど、だからこそ、そういう時にしか聞かない

 

それを無意識に聞いてた

 

思えば、愛されてたのかもしれないけど、よく記憶に残っていない

私は、辛いことは記憶がブロックを起こしてしまう

幼少期の色々が原因みたいだけど忘れちゃう

思い出そうとしても難しくなってしまう。

 

でも、覚えてるのは顔のことを貶されたり、体型のことを貶されたり

 

ボストンテリアに似てるとか、よく見れば美人とか、

足が太いとか、足が短いとか

 

努力すれば、それはそれでいじられた。

努力するのが馬鹿らしいみたいに。

 

そうだもんね、あなたは、努力できない人だった。

私がどんな頑張っても勝てないくらいの才能持ってたのにね

バカみたい、才能の無駄遣い

 

ねぇ、大嫌いよ。私あなたのこと

暴力をふるったこともそう、私の両親を非難したこともそう

私から愛する会社を奪ったのもそう、

私から10年という時間を奪ったのもそう

 

あなたと出会ったことがきっと、私の最大の汚点なの

待ったあたしを裏切ったことをいつか後悔させてやる。

 

あなたに私は復讐しない。

でも、私は貴方を許さない、記憶の闇に放り込む

許さない、絶対に。

 

愛してたのかもしれない、でも、私たちは出会っちゃいけなかったのね きっと

 

私は、大事なものを沢山失った。

失った、大事なものを。

 

 

返してなんて言わないよ、私、そこまで馬鹿じゃないから。

でも、言わせて、私、あなたを憎むから。

私から自信を奪って、私を病気にしたのは貴方。

 

だって、私、何年も前から別れたいって言ってたものね。

 

 

それが遅れただけよ、あんたなんか大っ嫌い

大っ嫌い、言えればいいのに

私から、信頼も健康も奪っていって、返してほしい

でも、しないよ、私、あんたよりできる子だからね。

 

あんたが努力したとか認めないし、覚えてもない

ほんとは、殴ってやりたい。

あんたみたいな、奴を認めない

 

 

 

 

 

笑顔の力

最近、やっぱりなんだか不安定だ

 

女性ならもともとそういう時期があると思うのでわかると思うが

私自身、やっぱりまだ抜けきっていない人格がいるみたいで、少し不安定だ。

 

昔の自分が、いなくなった気すらする。

 

何てこと思っていた。

こういう時って、人間、不思議なもので普段はしないことをするもので。

でも、そんなものにすがったって、現状は変わらない

 

私が現状を変えていくしかない。

 

ある人が大好きな私

彼の言葉が集められた本をふと開いた

 

自分が破壊的なことを知っている

だからこそ、上品にふるまう。

 

自分がいた

自分もそうだって自覚がある。

日本人らしくないところがある。

 

その人の言葉には幾度となく助けられた。

 

その一つに 笑顔!というフレーズがある。

実際にかけて頂いた言葉で

 

どんな疲れてたって、笑顔になれば良いことは起きるもんだ

 

母が今日、きっとなんも狙ってないだろうけど笑かしてくれた

 

それまでのもやもやとした気持ちが吹っ飛んで行った。

笑顔って大事だなと、

彼の笑顔を見ながら、そして楽しい気分になりながら思った

 

明日は甥っ子が来る、楽しみ。

町田樹という才能

私は、FPの試験で早稲田にお邪魔したことがある。

その時、ふと「町田君もここで勉強してるんだ…」なんて思うレベルのファンです

 

第九のプログラムで心を奪われて以来、ずっと私の中で唯一無二の存在。

でも、幕切れはあっという間にやってきて

目を離したすきに、引退してしまいました。

 

その後、たまたま見た情報で横浜のPIWに観に行ったのが今年の5月の話です。

仕事が鬼のように忙しいときにこじ開けてもらって見た感動は忘れられません。

第九の時に受けた衝撃がまた全身で生で見たからこそさらに走ったような。

 

ドキドキで、私の中では。一個人の感想ですが。

彼が引退した時に、時計が止まったんですよね。

そのくらい、才能に恋してます、今でも。

 

そんな彼が、解説をすると聞いて。

行くことはできなくて、行きたかったんですけど、場所的に難しくて。

プライベートもその時、結構悲惨なことになってて

結果として、チケット取らなくてよかった状態でした。

 

 

私は、語彙が多い方です。仕事柄当たり前ですが。

 

それでも、町田樹という人を語るのに言葉が見つからないんです。

私には音楽や技術、歴史、ありとあらゆるFSに関する

色んな情報や知識が足りないっていうのも当たり前に前提としてあるのですが

 

それを補ってもなお、恐らく、永遠に見つかることはないでしょう。

だって、彼は、本当に本当に素晴らしいから、生きざまさえもオリジナル。

オリジナルって言葉に頼りたくない。

 

FS一本で生きていくことは、トップスケーターの方ならできると思います。

町田君だってそう、恐らくできたでしょう。

でも、それを最初から考えず、自分の実力で生きていくと決めて

 

本当に戻ってきて、

戻ってきただけにとどまらず、今回の解説という新しい仕事のドアを開ける。

誰が、予想したことでしょう、多分誰も予想してなかったと思います。

いい意味で裏切られました。

 

私、バジルを観た時に思ったのは

町田樹町田樹であることを喜んでいる・体現している」といったことなんです。

 

解説をみて聴いて思ったのは

「やっぱり町田樹町田樹で、本人は自覚がないけれど、あふれ出ている」という事でした。

 

言葉の選び方や、語り口が私の感じ取っている町田樹という人とずれていないというか。いい意味で裏切られなかったのです笑

 

よく「個性は消せない」といわれますが

本当に消せないなと。

そして現役時代が割と長かったからこそ色々ときっと生の言葉が出てきているというか

「彼の知っていることを彼の言葉で、瞬発的にある意味素で語っている」という印象を受けました。

 

それがいい意味で、解説に生かされたのではないかと。

 

この先、彼がどういうスタイルでFSに貢献していくか、接していくかは

神のみぞ知る、といったところですが

彼が愛するFSを彼の望むように生きていければなと思った次第です。

 

ちなみに、白鳥の湖

言わずもがな。

 

 

「魅せる」ことに終始して。

ステージ全体や照明さんなどと連携していて、

まさに氷1粒も含む全てが一体になったエンターテイメントをだなと思いました。

 

 

ジャンプが注目されがちなFSの今に逆らうように

ジャンプをここぞという処でのみ使って。

古典バレエをいい意味で混ぜ込んだのかなと思いました。

 

だって、彼PIWのパンフレットでそう思わせるようなことを語ってましたから。

 

 

 

遅れてきた劣情

私は、失恋したわけでもなくて、振ったわけで

 

荷物を取りに行く日、自分でも驚くくらい感情を押し殺した。

 

それはイイことだったのか悪いことだったのか今でもわからない

 

でも、私は、今でこそ文字が紡げるようになったけれど、

一時期、ほんとにそれができなくなった。

 

18歳でブログを始めて以来、そんなことに見舞われることはなかった

仕事で書けなくなったことはあるけれど、スランプとして。

 

こうして書けないというか

自分なの中にある泉のようなものが、枯渇しているか、蓋が締まったか

いつもは戯れるように言葉を選んでいる自分が、どこにもいなくて

言葉をさがしている、自分がいた

 

ジャストミートな言葉が見つからない、そんな感覚

言葉が出てくる感覚が無い、そんな感覚

 

28年間生きてきて そんなことに見舞われたことはなかった

 

漠然と生まれる莫大な不安、自分は生きていけるのか、自分はどうなるのか

天下無双、天衣無縫 そんな言葉で表されてきた私ですけれど

それが崩れていった気がした。

 

10年の月日はあまりにも長くて、立ち直ることが早い私でも

さすがに、それは難しかったみたい。

 

こうしてやっと、じぶんが傷ついてることを自覚したから

こうして少しずつこみ上げてくる言葉に向き合えているのが救いで

言葉を失った私にとって、何よりの光のようなものだったりする

 

失わないと人は分からない

欠けないと人は分からない

ほんとにそうだ。

 

言葉は私の・・・・・・生きがい、生きざまだ。

早く戻ってきてほしい、でも、少し時間かかってもいい

いつもの言葉、自分では、まだそれが何かは分からない

でも、それが戻ってくる時を ゆっくり待つつもり